- 2004年3月21日 16:58
- diary
一度きり接吻を交わす
愛おしさ焦がれてた 溜息に情熱を探る
この夜が なにかを変えてゆく
たとえひとつに なれなくても
ふたりだけを 守るよ
失うものなど なにもないとは
言えないよあなたを愛してしまった
言葉で繕うことはできない
奪い尽くしたい この想い
The Gospellers - 告白 -
ごめんね、試した訳じゃ無いんだ。
ココアは滅多に飲まないからさ、もう冬も終わりだね。
日記を見た人に不思議な批評をされた。 内容というより現実の俺に対して。
確かに文章を書いているのも、生活しているのもまぎれも無い俺で、別とするつもりはない。
# ネットワークに作られた仮想的な人格、なんていうくだらない逃げ方はしないが。
インターネットという開かれた場の情報が、個を端的に表現しているとでも言うのか?
面白おかしく書いているつもりのblogから、どうしたら俺の事を解ったつもりになるんだ?
このblogから筆者を想像するのは勝手だが、所詮は妄想であり幻想だろ。
そのイメージを実際の人物に適応しようというのはやめてくれ、正直気持ち悪い。
お前に俺の何が解る。
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Comments:3
- james 2004年3月26日 16:34
>個を端的に表現
意識というものが、氷山の一角に例えられるように、
自分でも、自分というものを自分に関する全てのデータに基づいて認識しているわけではないという事実があります。
見えている一角から全体を想像しているに過ぎないのです。
とすれば、blogという個人の思考の一部を切り取って集めた情報群には、
筆者の人格という全体を想像し得る機能を持っているといっても過言ではないような気がします。
しかし、それもまた、リアルの一角とは違う角度から見た全体像なんではないでしょうか。例えネットにおいても、人格という全体像を想像しなければ、他人と交信はできないと思います。
しかし一方で、限られた情報でも互いを認識しあうことができるということが、
ネットの醍醐味であり、大きな機能の一つではないでしょうか。リアルの出会いも出会いとすれば、ネットの出会いもまた出会い、と。
- Rick 2004年3月31日 07:45
> リアルの出会いも出会いとすれば、ネットの出会いもまた出会い、と。
賛同、以前ネットワークへ人間関係を展開する事は現実に適応出来ない人間のやる事、
ある意味逃げだと言われて憤慨した事があった(笑ちなみにJamesがどういう人間か・・・
全く想像つきません :D
関西方面行った時はよろしく(-w-- james 2004年4月 1日 21:30
>全く想像つきません
自分でいうのもなんだけど、特徴的?(not変態wあのCMでいえば…
Idealist Fatalist Sentimentalist Romanticist Humorist
だったら、ユーモアリストかなぁ(´∀`)