- 2004年6月 2日 00:05
- MovableType
「blogは自分中心のコミュニケーションである」という言葉は非常に適切な物だと思う。
blogでは特定の人間を傷つけてしまような内容の情報で無い限り
「他者に取って意味があるか無いか」という事を考える必要は無いのでは無いか。
自分が何らかの意味付けを行い、文字として具象化された物。
それは立派な情報、blogは自分を中心とした情報体系であると言えるのであって
そこに他者が意味や価値を感じたり、コミュニケーションとして成立するかどうかは
全く別のレイヤーでの話だと思うわけだ(..
# 自分中心ならばインターネット上で公開する必要は無いのではないか? と言う人もいるが
# 「情報に価値を見出すかどうか」はその人しだいなのだから、情報を開いている事に意味があると思う。
# 利用しているかどうかは別として、ログを見てみるとアクセスの半分くらいは検索で訪れている。
ちなみに、このblogでは更新を一切広報していない(blogコミュニティーに広報する機能があるんです)
対人距離という言葉を一度くらい聞いた事はあると思うが、程度としてそれを利用するなら
このblogは密接距離と固体距離の間、やや密接距離に近い位置付けで書いている。
要するに読むのは自分もしくは友達という前提で、場合によっては身近な存在の人でないと
まったく文章の意味が解らない、あるいは真意が取れないというものが多い。
第三者が前提概念を無視し、客観的にblogを眺めて(それ自体は何ら悪い事ではない)
「男が日記とかつけてるのは気持ち悪い」 「自己陶酔してる感じで気持ち悪い、暗い」
などと批評を行う事があるが、そういう人に限って平気で「最近の日記は難しすぎる」などと言う。
そもそも特定の人に、あえて言えば意識すらしていない人に情報を伝える為のシステムではないのだ・・・
blogは万人を対象としないが万人に対して開かれた情報開示システムの一種である。
そう結論付けてみたが、いかがなもんだろう?